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名古屋高等裁判所 昭和28年(ネ)169号 判決

控訴人 被告 高木せん 外二名

被控訴人 原告 臼井一男

訴訟代理人 江口三五

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は左記の外原判決事実摘示と同一であるから之を引用する。

控訴代理人の陳述、

一、控訴人高木民二は昭和二十八年八月二十一日死亡し其の妻高木せん、長女高木タミヱにおいて同人を相続したので訴訟受継の申立をする。

二、本件換地処分は控訴人等に対する関係においては効力を生じていない、本件土地はもと訴外熊田広吉の所有であつたが特別都市計画法に基き昭和二十年十二月本件土地の西側に換地予定地の指定が為され昭和二十六年本換地の指定が為されたのである。しかしこれらの換地予定地及本換地指定は本件土地につき賃借権を有する控訴人等に対して通知を為すべきであつたのに拘らずかかる通知が行われなかつた。従つてこれらの行政処分は控訴人等に対して未だ効力を生ぜず。控訴人等は依然として本件土地につき賃借権を有しているものと解すべきである。所有者に対して換地予定地指定の効力が生じたというだけの理由で賃借人に対しても当然其の効力が及ぶものと解することは論理の飛躍である。所有権と賃借権とは全く別個の二個の権利である。一筆の土地の上に主体を異にする二個の権利が厳存しているのである。土地区劃整理はこれらの権利の同一性を保持して他の土地に移すのである。このことは一私人の私法上の権利に重大な影響を及ぼすものであるから彼等権利者に其の旨通知し不服申立の機会を与えているのである。そのことはかような手続をふまねば何等彼等権利者に対し換地の効力――私法上の権利が他の土地に移る効力――が生じないものとしているとせねばならない。そう解釈しなければ法律がこれらの権利者に対する通知義務を課し、且これら権利者が換地予定地指定に対し不服申立を為し得る途を拓いている趣旨は全く没却されてしまう。殊に換地予定地指定の効力が生ずれば従来の土地の賃借権者に対し其の所有家屋の移転を命じこれに応じなければ代執行をすることもできるという強力なものである。だから賃借権者が知らない間に換地予定地指定の効力が生じ不服申立の機会もなく強制的に所有家屋をも取毀されるというが如き結果を是認する解釈は到底これをとるべき筋合がない。特別都市計画法の明文上右の如く解し得ず所有者に対する換地予定地指定があれば其の土地の賃借権者に対する通知がなくても其の賃借権者に対し換地予定地指定の効力を生じ賃借権者は従前の土地について賃借権を失うと解するの他なしとすればかかる特別都市計画法の規定は憲法第二十二条に定める居住移転の自由及同法第二十九条に定める財産権不可侵の原則に違反し無効な法律と解すべきである。憲法第二十二条において日本国民は日本国内にて自己の自由に選択する場所に居住することができ且自由に移転することができる基本的人権を有することを保障している。そして国と雖も公共の福祉の為め必要な場合に限り法律でこれを侵し得るに過ぎない。本件の如き区劃整理が具体的事案として公共の福祉の為め必要であるか否か甚だ疑はしいがそれはそれとして仮に然りとするもこの基本的自由を制限するには法律によらなければならない。法律によるとは第一に制限の実質的要件を法律で定めなければならないことを意味し第二に制限の手続も法律に定めた手続によらなければならないことを意味する。このことは憲法第三十一条の解釈と対比してみても極めて明かである。然るに本件において賃借権者なる控訴人等の居住の自由を制限する本件換地予定地指定を控訴人等に何等の通知をしなくても有効だとする前示法律は明かに憲法第二十二条に違反していることとなる。更に土地賃借権も憲法第二十九条に定める一の財産権であることが明かである、憲法第二十九条はこの財産権を侵すことを禁じている。しかもこれを侵害することができる場合として公正な補償の下に公共の為め用いることができることを定めているだけである。公正な補償のなき限り公共の為め用いることも許されない。しかるに本件においては換地予定地指定処分を控訴人等に通知し新しい土地の上に控訴人等の賃借権の存続し得るよう保持することが同条に所謂公正な補償に他ならない。ところが本件ではかかることが全く為されず新しい土地は既に所有者たる訴外熊田がこれを他に売却し控訴人等の新しい土地上の賃借権は全くない。結局本件では控訴人等は何等の補償を受けていないのである。然るに従前の土地上の賃借権のみはこれを剥奪するという前示法律は明かに憲法第二十九条に違反するものである。

被控訴代理人は一、の受継申立に異議なしと述べた。

証拠として被控訴代理人は甲第一号証、同第二号証ノ一乃至三、同第三、四、五号証、同第六号証ノ一、二、同第七乃至十三号証を提出し、原審における証人原源市、臼井武彦、伊藤万三の各証言、鑑定人原源市の鑑定の結果、検証の結果を援用し、乙第一号証の成立を認め同第二号証、同第三号証ノ一、二の成立は不知と述べ、控訴代理人は乙第一号証、同第二号証、同第三号証ノ一、二を提出し原審における証人熊田広吉の証言、原告本人清水精治、高木民二訊問の結果並当審における証人伊藤二三郎の証言、検証の結果を援用し甲号各証の成立を認めた。

理由

控訴代理人の提出した各戸籍謄本及岐阜家庭裁判所書記官の証明書によれば控訴人高木民二は昭和二十八年八月二十一日死亡し其の妻高木せん、長女高木タミヱが其の相続をしたこと(二女長良マサヱは相続放棄の申述をした)が認められるから右高木せん及高木タミヱは訴訟の承継人であつて其の受継申立は適法である。

仍て進で本案について按ずるに高木民二が原判決添付目録三、四、の家屋を所有し右家屋の存在する控訴人主張の範囲の土地(原判決添付図面(ヘ)(カ)(ヌ)(ル)(オ)(ワ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)を結ぶ地域三十五坪四合)を占有していたことは当事者間争なく従つて同人の承継人たる控訴人高木せん、同高木タミヱは相続によりて右家屋を所有し且右家屋を所有することによりて其の存在する前記の土地を占有するものである。そして成立に争なき甲第十三号証によれば控訴人高木嘉介は前記目録三、四、の家屋全部を、控訴人渡辺ケンジは右三、の家屋のうち階下店舗西側間口一間八六、奥行三間六一六の部分を夫々占有し従つて夫々其の敷地部分の土地を占有していることが認められる。

次に成立に争なき甲第一号証、同第二号証ノ一、二、三、同第三号証、同第六号証ノ一、二、同第七、八号証、同第十一号証、乙第一号証、原審における証人熊田広吉、原源市の各証言、鑑定人原源市の鑑定の結果被告本人高木民二訊問の結果、原審及当審における各検証の結果によれば被控訴人は岐阜市若宮町四丁目二十番地宅地百二十坪七合四勺を所有していたところ昭和二十年十二月特別都市計画法に基く土地区劃整理により右土地は同市神室町一丁目十八番地宅地百十二坪六合八勺(原判決添付図面(イ)(ヨ)(タ)(レ)(イ)を結ぶ地域)に換地予定地が指定されたこと、他方控訴人せん、タミヱの先代高木民二は戦前より訴外熊田広吉所有に係る岐阜市神室町一丁目十二番宅地の一部を借受け該地上に建物を所有していたが其の敷地は恰も前記本件係争地域(原判決添付図面(イ)(ヨ)(タ)(レ)(イ))内に当つていたところ右家屋は強制疎開となり、終戦後昭和二十年十一月頃民二は地主熊田より従前通りの借地の承諾を得て右熊田承諾の下に昭和二十年十二月中岐阜県知事に対する建築許可申請手続を了した上同月中に従前と同じ場所内(原判決添付図面(イ)(ヨ)(タ)(レ)(イ)を結ぶ地域内の(ヘ)(カ)(ヌ)(ル)(オ)(ワ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)を結ぶ土地に当る)に前記本件建物(原判決目録三、四、の家屋を建築したのであつたが右熊田所有の神室町一丁目十二番地の土地については昭和二十年十二月中前記本件係争地の西方に神室町一丁目二十一番地として換地予定地が指定されたこと、岐阜市は前記換地予定地の指定の発表は昭和二十年十二月二十二日、換地予定地使用開始通知は昭和二十一年一月十五日になしたが右換地予定地指定使用開始の通知の方法は土地台帳に基き普通郵便を以て夫々の土地所有者に発送し且新聞紙によつて公告を為し、昭和二十六年九月十四日岐阜県知事の認可及其の告示によつて前記換地予定地指定通りの本換地交付が確定したことを夫々認めることができる。以上の事実関係によれば都市計画法第十二条、特別都市計画法第一条、耕地整理法第十七条、第三十条により換地は地方長官の認可によつて効力を生じ認可告示の日から換地は従前の土地と看做されるから高木民二が熊田所有の前記神室町一丁目十二番土地上に所有していた賃借権は其の換地たる前記神室町一丁目二十一番地(本件係争地の西方)上に存在するに至り、被控訴人が換地として交付を受けた原判決添付図面(イ)(ヨ)(タ)(レ)(イ)の各点を結ぶ地域なる前記神室町一丁目十八番地内に存在せざるに至つたものと謂わなければならない。そして高木民二、従つて控訴人等が被控訴人所有の前記従前の土地若宮町四丁目二十番地従つて其の換地たる本件神室町一丁目十八番地の土地につき之を使用収益すべき何等の権限も認められないから控訴人せん、タミエは右土地の一部分なる原判決添付図面(ヘ)(カ)(ヌ)(ル)(オ)(ワ)(ニ)(ホ)(ヘ)の各点を結んだ地域三十五坪四合の上に存する原判決目録三、四、の家屋を収去して右土地を被控訴人に明渡すべき義務があり、控訴人高木嘉介は右三、四、の家屋より退去して、控訴人渡辺ケンジは右三、の家屋の一部階下店舗西側間口一間八六、奥行三間六一六の部分より退去して夫々其の範囲の敷地を被控訴人に明渡すべき義務がある控訴人等は本件係争地域に当る訴外熊田広吉の従前所有に係る前記神室町一丁目十二番土地に対する換地予定地指定及本換地交付は右土地の賃借人たる高木民二に通知されなかつたから其の効力を生ぜず従つて高木民二即ち控訴人せん、タミヱは本件係争地上に依然として賃借権を有すると主張するので案ずるに本件係争地の換地予定地指定使用開始の通知については岐阜市は前記の如く昭和二十一年一月十五日土地台帳に基き各土地所有者に対し右の通知を郵便によつて発し且新聞紙に公告をしたことが認められるけれども原審証人臼井武彦、伊藤万三、熊田広吉の証言によれば被控訴人は未復員、被控訴人方は疎開中、熊田広吉も疎開中で右土地所有者に換地予定地指定の郵便による通知は当時到達しなかつたが、被控訴人は復員後昭和二十一年三月頃、熊田広吉は昭和二十二年八月頃夫々岐阜市役所において前記の如き換地予定地指定のあつたことを同市役所吏員から告げられて之を知るに至つたことが認められ又原審証人臼井武彦の証言、被告本人高木民二訊問の結果によれば高木民二は本件建物を建築する当時は前記の如き換地予定地指定のあつたことを知らず、其の通知を受けていなかつたが其の建設を終つた後の昭和二十一年三月頃市役所より前記の如く換地予定地指定のあつたことを告げられたことを認め得る。されば賃借人たる高木民二に対しても昭和二十一年三月頃前記の如き本件換地予定地指定の通知が為されたものと謂うべきであるから控訴人等が其の通知がないと言つて換地予定地指定の効力を争うのは理由がない。しかのみならず換地予定地の指定は土地所有者に其の通知を為したときは賃借人に対する通知が為されなくても右指定の効力は賃借人にも及ぶものと解すべきであるから前記の如く土地所有者たる被控訴人及熊田が市役所において本件換地予定地指定のあつたことを告げられて之を知つた以上夫々其の時土地所有者に対する右指定の通知があつたものと認められ従つて高木民二の賃借権にも右指定の効力が及ぶものと謂うべきである。特別都市計画法第十三条は換地予定地を指定したときは換地予定地及従前の土地所有者に其の旨を通知し且これらの土地の賃借人等にも其の通知を為すべき旨を定め其の第十四条は従前の土地所有者及賃借人等は右の通知を受けた日の翌日から換地処分が効力を生ずるまで換地予定地について従前の土地に存する権利の内容たる使用収益と同じ使用収益をすることができるが従前の土地については其の使用収益をすることができない旨を定めている。従つてこれらの規定によつて換地予定地指定の通知は賃借人にも為さるべきものであることは明かであるけれども土地の賃借権は他人所有の土地を使用収益する債権であるから既に土地所有者に換地予定地指定の通知が為され土地所有者が換地上に所有権と同一内容の使用収益を為す権限を有するに至れば賃借人も亦当然に換地上に賃借権と同一内容の使用収益を為す権限を有するに至るものと解すべきで賃借人に対する通知がなされなかつたとしても右の効力には影響がないと謂うべきである。登記のない賃借権或は整理施行者に届出のない賃借権の如きものについては賃借人に通知することができない場合もあり得るのであつて賃借人に対する通知の有無を効力要件と解すべきではない。次に本件の本換地について言えば本換地交付の通知が賃借人たる高木民二に為されたことの証拠はないが前叙の如く本換地の交付は岐阜県知事の認可によりて効力を生じ其の告示ありたる以上賃借人に対する通知の有無を問はず高木民二従つて控訴人せん、タミヱの賃借権は熊田に交付されたる換地神室町一丁目二十一番地上に存するのであつて本件係争地上に存在しない。控訴人等は賃借人に対する通知がなくて賃借人等の知らない間に換地予定地指定の効力が生ずるものとすれば賃借人は不服申立の機会がなくなり不当であると謂うけれども行政事件訴訟特例法第五条、都市計画法第二十六条特別都市計画法第二十六条により指定の通知を受けずとも何等かの方法で処分のあつたことを知つた日から法定の期間内に出訴できるのであつて不服申立の機会がないとは謂えない。

以上の如く賃借人に対する通知がないことを理由として控訴人等が本件換地処分の効力を争うのは理由がない。

次に控訴人等は高木民二が現に家屋を建築して盛大に商業を営んでいるのを知り乍ら之を無視して換地予定地を指定するが如きはこのこと自体甚だしく不当であつて控訴人等は未だ市当局より之に代るべき移転先を与えられていないから控訴人等が他え移転することは不可能であると謂うけれども熊田広吉所有の前記神室町一丁目十二番地の従前の土地に対する換地予定地(同町二十一番地)の指定、其の本換地の交付が効力を生じており此の換地上に高木民二従つて控訴人せん、タミヱの賃借権(換地予定地である間は賃借権と同一内容の使用収益権)が存すること前記の通りであり且右賃借権は土地所有者に変動があつても(本件においては熊田広吉は前記土地所有権を換地予定地指定後第三者に譲渡していることが原審証人熊田広吉の証言によりて認められる)罹災都市借地借家臨時処理法第十条の規定によつて第三者に対抗する途も設けられていたのであるから高木民二が移転することが不可能であつたとは謂えない。又前記認定の如く高木民二は本件係争建物を既に昭和二十年十二月中に建築していたのに岐阜市当局は昭和二十年十二月二十二日換地予定地の指定を発表し昭和二十一年一月十五日に使用開始の通知を各所有者に発したのであつて其の結果建設当時換地予定地の指定がどうなるのか知らなかつた高木民二は本件係争地に戦後折角建設した建物を他に移転しなければならないという甚だしき不利益を蒙るに至つたことが認められるが右は寧ろ本件係争建物の建築許可申請について調査が十分であつたならば避け得られたことであろうとも言えるのであつて斯様なことの為めに本件換地予定地の指定、本換地交付が無効なものであるとは謂えない。

次に控訴人等は被控訴人の本訴請求は信義誠実の原則に反し権利濫用であると主張する、此の点については被控訴人は高木民二が既に本件係争建物で盛大に商業を営んでおり其の収去、土地明渡が困難であることを知り乍ら故意に市当局に対して本件係争地を飛換地として指定方を申入れたとの事実は何等之を認むべき証拠はなく原審証人臼井武彦、伊藤万三の証言によれば被控訴人も亦其の従前の所有地若宮町四丁目二十番地上に所有していた居宅が強制疎開となり戦時中応召し昭和二十一年三月復員して始めて右土地が既に本件係争地域に換地予定地指定となつたことを知り本件係争土地に建物を建設して営業をしようとするものであつて其の間信義則違背、権利濫用等の情況を認むべきものはない、又右証人等の証言によれば被控訴人は本件係争地以外の所有不動産として本件係争地の西方にある宅地建物、其の他岐阜市若宮町内に三百坪位、同市桜木町内に八十坪位の土地を所有していることが認められるが斯様な不動産があるからと言つて本件係争地についての権利行使が権利の濫用であるとは謂えず又本件係争建物の明渡によつて控訴人等が蒙る苦痛損害は被控訴人の損害とは比較にならぬ程大であるということも権利の行使については相手方に経済的損害が生ずることは己むを得ないことで右の如きを以て権利濫用とは言えない。

次に控訴人等は賃借人に通知しなくても換地予定地の指定は有効であるとすれば特別都市計画法の規定は居住移転の自由を保障する憲法第二十二条及財産権を保障する憲法第二十九条に違背すると謂うけれども前記の如く換地予定地の指定が土地所有者に通知せられて効力を生ずれば賃借人は当然に換地予定地上に賃借権と同一内容の使用収益権を有するに至るものであり且土地所有権の移動があつても賃借人は尚賃借権を第三者に対抗する途も設けられていたのであるから賃借権が無補償で剥奪されたのと同じことになるということや、賃借人の居住する場所がなくなるということはないのであつて控訴人等の憲法違背の論旨は採用し難い。

されば被控訴人の本訴請求は正当であつて之を認容した原判決は正当である。

仍て本件控訴を棄却すべく民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条、第九十三条に従い主文の如く判決する。

(裁判長裁判官 山田市平 裁判官 県宏 裁判官 小沢三朗)

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